2013年6月6日木曜日

なんかいろいろ、塞翁が馬。







 清河丸と銘打った浚渫船が描いた対岸の波紋の連なりを、誰よりも常連客のヘロンが見つめています。奔る酸味はバリの浅煎り。最近の止まり木・ブルックリンロースティングカンパニーの静かな朝のテラスで書見に耽っていると、梅雨の地団駄が聞こえてくるよう。
 中之島に吹き渡る東風が入口のグリーンショップの花菖蒲を揺らす。こちとらポケT一丁、身震いして本日のドリップをもう一度口に運んだら、昨夜親父が話した“過去”に“コク”とルビを打ちたくなりました。

 久しぶりのブログ更新は、実兄のエントリー(『人間山脈と呼ばれた男』http://fujimo-jboys3.blogspot.jp/2010/05/blog-post.html)に続く身内の切り売りであります。



*******

 2年前の人間山脈まさかの結婚にうっかりテンションがあがっちゃった藤本家が、雨漏りヤモリその他老朽化がたんもり進んでいたこともあり、1Fに親夫婦と祖母、2Fに兄夫婦という二世帯住宅をいきおい建立しちゃって、なおかつ僕の居場所がなくなっちゃったのは先般のエントリ−の通り。
 インテリアコーディネイターだった兄嫁のセンス光る、ヌケ感最高な2Fに比して、部屋を小間割りにした1Fは、駄犬ルナが無尽に暴れ回るほかはそれぞれ割り当てられた部屋に引きこもり、まったくもってお通夜の方が賑やかやでこれ、“アルカトラズ”などと申せば母親がまたヒステリーを起こすでしょうか。

 昨日はやんごとなき用があり、そんな“熟年引きこもり”を果たした親父と北新地で8合ほどのわんこ杯を交わしたのですが、2年の反動があったのでしょうか、立て板に水で親父の来歴・身上を聞く機会に恵まれたのでした。



 親父は貿易に携わる家の次男として生まれ、幼少期に父親(僕にとっての祖父)を亡くしています。女手ひとつで3人を育てるため、仕事の関係もあり佐賀の有田へ一家で移住。新聞配達などもこなし学費を稼いだといいます。昼はバスケットボール、夜は佐世保の軍人バー、いわゆるAサインバーで夜ごとバーテンに勤しんで、ベトナム帰りの海兵隊たちによる、血で血を洗う乱闘では決まって店の大黒柱の影で乱れ飛ぶ酒瓶を避けていたそう。
 この頃から、今に連なる飛行機&アメリカ好きは見え隠れするのですが、こんなことしてちゃそらそうだよね、うっかり二浪カマして京都の大学へ進学。テレビからは燃え上がる安田講堂、まさに安保闘争ココに極まれり時節、バリケード封鎖された大学で、親父はやっぱり「ノリで」ぶき:げばぼう/ぼうぐ:へるめっとを装備してしまいます。授業はあったりなかったり、テストは一律レポートという入学詐欺同然の有様に、学問をまったく放擲、夜はあの伝説のナイトクラブ「ベラミ」の系列で黒服も務めたとか。

 自称・賀来千香子と当時から吹いていた母親とも在学中に交際スタート、安保闘争も収束に向かい、装備もそっと外した親父は、達観したかの中退届けを総務部に提出するという挙に出る。

 それは「かねてからの宿願“パイロット”への道が開けていたから」と。



 千人にひとり、さらに訓練で絞られるパイロットの狭き門を、ぜんたいどうやって親父は突破したのでしょうか。藤本家七不思議のひとつですが、日本航空の訓練生として仙台へ赴き、カリフォルニアはナパでの訓練を経て親父はなんと夢のパイロットになってしまったのです。
 「当時は帽子から溢れるほどあったんや」と広大なおでこをひと撫で、懐から出してきたヨコワケ凛々しきグッドラックな写真が冒頭の画像(写真左が親父)。お茶の水博士な祖父、ちょっと散らかっちゃった親父、禿頭のサラブレッドとして僕はこの頃に生まれた。
 その後国際線パイロットを32歳まで勤め上げ、婿養子ということで、母方の祖父の仕事を継ぐべく大好きだった飛行機を降り、千葉から大阪に入るのですが、その後の日本航空の行く末を鑑みると、そして病気ひとつなく還暦を越えてなお一線で真面目に働く姿を見ると、親父の「なるようにしかならん」「なんかいろいろ塞翁が馬」がリアリティを持って迫ってくるのです。

 聞くほどに、自分の夢と運命を見極めて走ってきた63年。寡黙な親父とツッパリな息子の時計が、この瞬間、再び進み出したような気がしたのです。


*******

 したたかに酔った二軒目のバー、空いたグレンリベットのグラスの氷が澄んだ音を響かせています。それにしても準備のよいことで、なぜ昔の写真を後生大事に持ち歩いているのか、ふと気になって聞いてみました。



「いや、これは⋯ラウンジのオネーちゃんに昔の雄姿を⋯エッヘッヘッヘ」



 使い慣れた淀屋橋駅へ、新地本通りを消えていく親父の背中が、遠ざかっていくのにとても近く、大きく、僕には見えていたのでした。



all text by K.Fujimoto



0 件のコメント:

コメントを投稿