2014年2月19日水曜日

死してなお。






 「タカシくんな、僕持ってる連載ページで『人生を狂わせた店。』っていうのがあんねんけど、そんなとこある?」


 取材時に飛び出すいい話を聞いて幸せな気持ちになる。
 濃い話が出なければ原稿量に困るし、ネタのセレクトには毎度苦労はあるものの、編集冥利に尽きる読後爽やかな企画で、持つページの中でも気に入っているもののひとつ。


 「味里やな〜玉造の」


 あっ。味里。



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 電話先のその人は吉田田タカシ君。
 
 フロントマンを務めるバンドDOBERMANは数限りなく見ているものの、ステージと客席のあわいに橋が掛かったのが2年前。義兄弟のカメラマン、竹田さんが主宰する高知の魅力をコーチしあう『520会』が、彼の主宰する[アトリエe.f.t.]で開催されてからだ。
 
 それからアトリエに遊びに行くようになり、街場で飲むこともしばしば、昨年末には僕の結婚パーティーに出演してもらう、文字通り家族ぐるみの付き合いになったが、人見知りな自分との縁を取り持ってくれたのがこの味里なんである。



 味里がはじめてミーツに載ったのは10年前のMeets199号の大阪特集巻頭だと記憶している。
 いかにも新鮮なマグロのにぎり4カン盛りがカウンターに置かれた、ぬくいお店の空気が伝わってくる1Pの写真。当時駆け出しの僕は、取材したM先輩の仕事に「いつかこんな写真撮らなあかん」と舌を巻いたものだが、次の掲載は5年空いて247号『ミーツの100軒』のひとつとして。
 
 K編集長が編集部員を引き連れて会社を辞めた後、毎日徹夜の勢いで、ふたり背中合わせで仕事をしていたM先輩は、この号を最後にMeetsから異動していったのだが、味里に行った翌日は必ず背中越しにこう言ったものだった。


「昨日店でドーベルマンのボーカルの子と一緒になったんやけど、藤本くん、絶対会わなあかんひとっちゃんね」


 スカ好きの僕としてはドーベルマンは街のイベントの常連で、まさに狂犬のパフォーマンスを見せるヴォーカルの彼は遠い存在でしかないし、人となりなどなおさら知るよしもなし、M先輩から何が面白いかの説明もないので、「ふーん」ってな調子で聞き流していた。それから僕は味里に行く機会もなく過ごしていたのだが、2年前、今度は竹田さんである。


「藤本っさんに紹介したい人がいるんですわ。ずっと撮影させてもらってたんですけど」


 そして、『520会』の打ち合わせということで会場となる[アトリエe.f.t.]を訪れた僕の前にいたのは、かくして吉田田タカシ君その人なのであった。


「なんか聞いとったでオレも」


 絵を志し、芸大を目指す学生たちの熱気が充満する玉造のビル4階を抜けだし、連れだった屋上。M先輩の話を伝えた僕にタカシ君はそう応えた。



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 12年前、25歳で玉造に風呂なしエレベーターなしのビル5階にアトリエを構えたタカシ君、”すし、うどん”と大書された長堀通りにぽつんと揺れるちょうちんの魔力にあらがえず、玉造温泉への道すがら週5で通っていたこと。
 仕事終わりの晩酌どころとして訪れていた、M先輩とそこでたくさんの話をしたこと。

 今回、タカシ君、竹田さんと味里に訪れて取材させてもらい聞いたたくさんの話は3月1日発売号の誌面に譲るけれど、3年前に突然の事故でいなくなってしまった彼女の新たな断片を、タカシ君の最高の話とともに僕はそっと心にしまって原稿に向かうことになった。


 そして取材から1週間後。

 日付けが変わる頃、僕は住んでいる松屋町を通り過ぎて上町台地を上り下り。
 創業27年、わずか9席しかないその深夜食堂には、かの中島らもさんや仰木監督、名レスラー・ミスターヒトさんらが夜な夜な相好を崩していたという話を反芻しながら。
 味里に書き上がった原稿を持っていくついでに湯豆腐、そしてすしとシャレこんだろ、という算段なのである。
 
 順調に熱燗をあけて2時間、話に混ぜてくれた常連さんのお勘定が済んでひとりになった時、「ウチに来る有名人、みんなはよ死んでしまうんやなぁ。タカシ君にはそのひとらの分まで生きてもらわんとあかんな」マスターの山口さんはそう微笑んで、壁に大切に貼ってあるM先輩の記事をちらり見遣ったのだった。


 それを見て、最後の鉄火巻に添えられていたガリで残りの杯をひといきにあかした僕は、そこで気持ちよく酔っていることに気付いた。「おおきに!」マスターの声におされてテールランプが糸ひく長堀通に出る。
 いろんな仲間に助けてもらった結婚パーティーのことを久しぶりに思い出しながら帰路につく。


「先輩が紡いでくれた縁の糸、操られるのもまた人生」


 ふらついても迷っても、この長い坂をひたすら漕ぎ続ける。
 M先輩に感謝しながら、その思いを新たにした夜の話。


all text&photo by K.Fujimoto