2013年1月24日木曜日

タレの蟻。(前編)










 ペイズリーだけどウエスタンシャツの破けた袖を捲ったら、坂を駆け上がる途中で連れてきたひっつき虫が2つ。


 「オナモミてどんな名前な…」


 千切り捨てながら旧イ号館のヨコを過ぎ、休講掲示板を見る癖。ラッキーストライクの匂いが取れない右手で垂れた洟をまた千切り捨てる。

 この日僕は、その敷居をくぐる機会が最も多かった共通講義棟・ロ号館、ココに卒業見込みの証明書を取りに来たのだった。

 擦れ違う見たことある人、目礼してくる言葉を交わした覚えがある人。一張羅のブラックジーンズのポケットに手をかけて、いつも通り目を伏せて屋内に突撃する。大事件の刑事より早いスピードで。



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「フジモンやん」


 円筒に板を敷いたジャグラーがメタリックな輪を4本空に投げ上げている。1台だけある不用心な野外ATMに列なすひとりがこちらに手を振った。語尾あがりの舞鶴訛りを聞けば、顔を見ずともSだ。
 缶コーヒーを買ってロ号館を出たら、今日は証明書をぴらぴらさせながらだけれど、僕が長閑な広場にぐるり配置されたベンチで一服するのも彼はよく知っている。

 我々のバンド“宇宙企画”のボーカルの割に声が通らずしかも不細工、そして水虫な彼とは、新入生自分に入った軽音ロック部で出会った。学生会館で軒を連ねる軽音スウィング部からはEGO-WRAPPIN’のメンバーが出ているように、大学で軽音は実力も人気もそこそこある部活。
 中高とギターを嗜んでいたもののカッティングに挫折した僕は、大学でベースデビューしてやろうとその門を叩いたのだった。


「オリジナル曲はダメだからね」
「ミーティング遅刻したら掃除だから」
「ちゃんと部費は前月に払いなさいよ」


 毎日同じ服を着てリーゼントの我々が、ロックの欠片すら持ち合わせていないその部活に反吐つくのはそう時間がかからなかったが、学祭のライブでパンを千切って客に投げつける、曲に合わせて剣舞するといった我ら宇宙企画の奇行の数々に、カーディガン&チノパンの周囲は、やがて我々への連絡すら恐れるようになってしまう。

 工学部のSは3回生から吹田キャンパスへ移るということもあり、アナーキーな蜜月は2年で終わったのだった。
 


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 最後の家賃を下ろしたSが赤マルに火を着ける。

 お互いなぜか成績優秀で卒業できそうな話。構内話題の非道なガリ版ジンがSの仕業だった話。
 数ヶ月開いた光陰が次の煙草を呼ぶ。Sに紹介してもらった僕の彼女が別れた後新興宗教にハマり、そのSの彼女といえば新興宗教&スキューバダイビング詐欺でもう助からんだろう、という話しに至って、先ほどのジャグラーが大きな音を立ててもんどり打つのが見えた。


 「ほいでやぁ、おう、就職はどないなってん」




開いた沈黙にSの言葉が滑り込む。確かSは天下の大手家電メーカーと聞いている。
(後編に続く)





all Photo & Text by K.Fujimoto









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