2013年10月2日水曜日

ふじもせんとくんの休暇/第七回 セーヌ恋しぐれ。




「えぇかげん、愛着もわくよ」



 セーヌ河畔はそのものが世界遺産。

 初日のステンドグラス見学地獄で見たのは、とんでもない人口密度のカフェーの軒先でフルートグラスを傾ける胸毛男子とそばかす女子。その目前ではジプシーの女の子が、巧みなインサイドワークで二人三脚の掏摸を働いている姿。

 パリらしからぬ激烈なお天道様の下で、そんな生命感がのべつ膨らんでひしめき合う様子は、“狂気の混沌からの逃走”を計って渡仏したふじもせんとくんの眼には、素直にプリント・インできないものでした。

 大河というのは、風土、文化、あらゆる原始を、底を這う転石と同じく丸みを与えて下流へ運ぶもの。

 そして河口の平野部で洗練・退廃のフィルターを通されて、上澄みは消費され、残された澱は“◎◎らしさ”てな記号を与えられて街本来の軽快な身体性を奪うのです。
 コテコテ、よしもと、おばちゃん、粉もん、そしてそれらを流し去るべき本来の水路も埋め立てられ、今やすっかり高速道路と駐車場。ほら大阪をご覧なさい! 水都が聞いて呆れるね。


 ⋯でも、ノートルダムで上目づかいでお祈りした甲斐があった。シャルトル大聖堂で例のぐるぐるをぐるぐるした甲斐があった。バチカンで土俵入りを奉納した甲斐があった! 

 ふじもせんとくんの“The Day” has come!



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8日目


 「おお、スサーナ…」


 23:00PM、高火力に明滅する燭台のように、エッフェルが煌めく下で呆けるふじもせんとくん。その横顔を、移動遊園地のメリーゴーラウンドの光がとりどりに回る。小道具を無体にハコへ突っ込んだ、仕事を終えたピエロの無心の眼が彼に注がれます。

 頭にネクタイを巻いた、日本の伝統的もの狂いスタイルの彼、そういえばツアーに付いていたセーヌ河ディナークルーズの帰りのはずですが⋯。



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「そちには中之島にしか見えませぬ」


「親水性の高さは大阪以上」




 足元にはこのために日本から持ってきたDelmonacoのサドルシューズ、カラーのジャケット・リゾルトのパンツと少しばかりドレスアップして臨んだふじもせんとくん。
 1週間を過ぎて、夕陽の中、蜜蝋のように溶け合った同ツアーの新婚さんを尻目にさっさとディナークルーズの船に乗り込もうとしていたら、どうしたことか、乗船口にいる女性が、フランスの遅い夕焼けにひときわ映えて見えます。

 ブロンドでもなく、露出をしているわけでもないスーツ姿で受付と案内に勤しむ彼女は、黒髪を後ろで団子にくくり、目の下のそばかすをいっぱいに動かしながら笑い、ふじもせんとくんを席へ誘導しました。


 彼は出発までのひととき、彼女との30秒を反芻していました。

 一段上のテーブルには、行きの飛行機で前に座っていた三十路女子のコンビが、それは見事な化粧と衣装を施して、輪郭のみを僕の記憶に残して座っているのが見えます。

 「ドレスアップした社交の場、声を掛けるのがマナー」

 いつもなら間髪足が動くところですが、プロファイリングが進むほど、案内を続ける彼女の姿しか眼に入りません。
 薄い鳶色の虹彩に、「ようこそ」確かにそう言った彼女。
 日本人らしくもあり、らしくもない、興味本位が「モロタイプ」に変わりゆく不思議な気持ちが浸潤していきます。

 
「恋しちゃったんだねウィル・スミス」




 食前のロゼスパークリングを飲み干す頃に、船はセーヌを遡上し始めました。

 窓の外では、嘲笑とも羨望ともつかぬ笑顔でこちらを一瞥するセーヌ河畔の人いきれ。ラテンダンスの練習会、長椅子にパンツ一丁で寝転ぶ御仁もいれば、彼女とバスケット開いて映画のワンシーン。パリコレで使われただろうキレたデザインのビルのお次にスケートランプ。
 街は暮れなずみながら、そんな風景が水平に飛んでいく様は横スクロールのアクションゲームのような非現実感。四万十、仁淀しかり親水率の高い河は恋や友情、文化を揺籃する場所足り得ますが、あれっなんだかコレは…。


 「コレ、中之島の水上バスだよね」


 規模の違いは格段にありますが、一度気付けば中之島でしかない。中之島がこのパリとセーヌをモチーフにしているゆえの悲劇でした。もうふじもせんとくんの興味は甲斐甲斐しく場所の説明をお客にして回っている彼女一点。重ねる杯は、手をあげて頷く彼女を見るため。ジャズスタンダードやシャンソンをやるわけでなく、延々謎のポップスをがなる生バンドにわざとらしくノッてみたり。初日に通って来た名刹を通り過ぎるほどに外は暗くなり、窓が船内を浮かび上がらせます。
 その時セーヌが小さな奇跡をプレゼントしてくれました。外の空気を吸うためにデッキへ出、遠くエッフェルを眺めていたとき、ご老人のアテンドで彼女もデッキへ! ご老人を見守りながら、祖母と祖父が沖縄からペルーに移民したこと、母がペルー人の父と結婚、自身はフランスへひとり渡ってきたこと、などを教えてくれました。「名前はスサーナ」きっと知らないだろうローラみたいな声で。

夜11時、エッフェル塔がこの日最後の明滅をする頃、ふじもせんとくんは意を決して言いました。

「写真、撮ってもらっていいですか…」

 はい、と返事をした彼女はトイメンのオカンの横へ。



 降り立った桟橋、おかわりを繰り返していた足は急速によろめきます。ふじもせんとくんの「ありがとう」に「ありがとう」。軽くウィンクして船はセーヌを遡っていきました。



 手に握られたデジカメに、たった一枚残された写真はオカンとのツーショット。ぼやける頭で見た写真、そのフォーカスは、スサーナではなく、あまりにもオカンに当たっていて。


all Text&Photo K.Fujimoto





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