2013年9月21日土曜日

モン・サン・ミシェルとおそ松。






「何時間もただ移ろいを見つめて」




 毎年4/1発売号と10/1発売号にて、第二特集としてファッション企画を長年編んでおります。


 “10年ひとむかし”とはよく言ったもので、衣食住が切り離されていたかつてとは隔世の感。時代はオールマイティーワード“ライフスタイル”一色に塗り替えられてしまいました。コレクションブランドやグランメゾン、「本屋さんに行くこと」がもはや趣味の領域であるように、「ファッションを楽しむこと」もいよいよ趣味の領域へ行ってしまったことを痛感します。

 いや、かつてのユニクロ柳井氏がのたまわったように、「ファッションが嫌い」と言うのがファッションになっている感すら。

 そんなご時世に僕がこしらえたのはタブロイドスタイルの「100% Fashion Issue Reboot!」。もう、こんなひねくれた性格をやめてしまいたい。そう思いつつ最近発売のPOPEYEはパリ特集なワケで、僕の“なんだか気分はヨーロッパ”は概ね間違ってなかった、そう勝手に得心したのでした。

 さぁ、遙々来たぜモン・サン・ミシェル。なぜココで僕は稿の大半をおそ松くんに費やしたのでしょうか! 二ヶ月たった今、哀号を虚空に投げかけるばかりです!! どうぞ!!!

(前回はこちら http://fujimo-jboys3.blogspot.jp/2013/09/blog-post.html



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「ドーバー海峡は銀世界の向こうに」



5日目


 ブックワームとは到底言えない三流書生なだけに、漫画やアニメに疎いところがあるふじもせんとくん。

 『ワンピース』や『バガボンド』はまだしも『スラムダンク』を読んでいない、と友人に告白したところ、「80年代生まれなのに」「人生損してるわ」「非国民」とまで悪罵された経験があり、そりゃあこんな仕事してますとヒットする本の面白さは骨髄まで染みてわかっておりますので、言われるたびにしょぼくれた気持ちにはそれなりになるのですが、回数を重ねると「そんな物言いを読んだ各人が雁首揃えて宣う、そういう本が読みたくないんだ」「みんな読んでるマンガを読んでないからできることだってある」という天の邪鬼な境地に至りて、今では何ら恥じ入ることもない。

 こんなひねくれた餓鬼が、幼少期より惹かれてやまないマンガに赤塚作品があります。

 六ツ子という主人公の破天荒な設定を得た時点でもう作品は走り出しそうなものですが、彼らは“6つしかない”その名前すらひとびとの記憶にコンプリートされることはありません。主人公でなくハタ坊やデカパン先生、チビ太といった異形の者どもが跋扈する世界、それが僕の好きなおそ松くん。

 構造化された街、例えば我がホームタウン天王寺からはフォトショップのデータにうつりこんだ異物を消すように異形の者どもは居なくなりましたが、真の意味で個性的なキャラクターが持てる力を発揮した世界への憧憬を、アニメで掛かるテーマソングで唸る細川たかしのこぶしとともに強烈に覚えているのです。


 印象的な話をひとつ開陳しますれば、「ウソ発見爆発ベルト」の他ありますまい。
 着用者がウソをつくとたちどころに爆発するというシロモノですが、デカパン先生が持ってきた件のベルトの見てくれをすっかり気に入ったおフランス帰りのイヤミ氏(この稿、やっとフランスが出てきました)。
 デカパン先生の静止も聞かず、意気揚々と巻いたイヤミ氏、開口一番の「よく似合うざましょ」でちゅどん。それどうしたの、てな町人の質問に「もらったざます」でちゅどん。口先三寸を見抜かれたのでしょうか、「すいませえん」を連呼するのですが爆発は止まず、ぼろぼろになりながら「もうしませーん!」。
 
 もちろんベルトはこの日一番の大爆発をし、夕陽の中、黒こげになったイヤミ氏の「シェー」が炸裂するラストはギリシャ神話のアポロンの死より壮絶で、子どもゴコロに口先だけのお詫びや方便の恐ろしさを、たかし細川の唸り声とともに植え付けたのであります。

 それにしても最終盤に謝罪を繰り返し絶叫するイヤミ氏の緊迫はなまじ口先とは思えず、シャレや方便の通用しないこの炎上社会に通じる逃げ場のなさを感じる訳ですが、そうして改心できる魂を持ったイヤミ氏に敬意を表して僕は「氏」をつけているわけで、フランス滞在中、靴下は彼の流儀に乗っ取って半分脱げているのです。


「こんな僻地によくもまぁ」


「中はこんなん。サンマリノと酷似」


「おみやは生キャラメルの祖、プーアールおばさん製品の寡占でした」


「木造の屋根を支える柱はサイドのみ。一番好きな部屋」



 さてモン・サン・ミッシェル(やっとか)。

 パリ市内から4時間半、上陸作戦で名高いノルマンディーにそびえる島ごとキャッスルなワケですが、ココはひとつ“百聞は一見に如かず”“行くなら一泊で”とお伝えいたします。

 昨年行ったサンマリノしかり、海外に散見される僻地の要塞は全部そうですが、ひとつの建築物を100年かけて造る根性が外国人にはあります。特にモン・サン・ミッシェルは観光のために敷いた道を撤去して、かつての環境に戻そうという工事をしていました。


 伺ったのは丁度満潮寸前。
 

 迷路のごとき部屋を行脚する一行をよそに、目を疑うスペクタクルを見つめるふじもせんとくん。一昨年の津波もかくや、という勢いで川を逆流する潮、美しく割れて行く長大な波が、敷いた道のために堆積した砂州を一瞬で消し去る風景。それは恐ろしさと美しさを兼ね備える、不確かな人間の自我の明滅にも似て。

 元は巡礼者の聖地だった建物が、人工と自然の相容れなさ、そして万物は移ろう様を日々体現しているのです。夕景と満潮、それを見るのがモン・サン・ミシェルの醍醐味。だからこそ、旅行者は一泊が必要と冒頭で申し上げたのです。


「フランス人のランドスケープへの感覚は…世界一かもしんまい」



 モン・サン・ミシェルを出て後ろを一瞥、バスに乗り込んだふじもせんとくん。両足のロングソックスが、イヤミ氏よろしく揺れにたゆたう。

 
 シャトルバス乗り場の現代の巡礼者たちは、夕方恒例の暴風雨にただ濡れそぼったままで。
(まだまだ続く)


「この湿地が、奥から来てる津波で一瞬に消え去るのです」




all Photo & Text by K.Fujimoto







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