2012年10月29日月曜日

ふじ日記/白波三人男。








 携わって100号を超えた雑誌編集者生活で、デスク右下の引き出しその横幅に溢れた号は、順次共有バックナンバーの棚に追い遣っていくことにしている。


 色とりどりの背表紙の中、表紙表4千切れた号は中でも思い入れの深い特集・記事を認めたものであり、無惨いやいや勲章そのもので、月刊誌なればこれぞ本懐、そんな僕にとっては殿堂入りの一冊に、218号『今、街はサーフな気分。』がある。

 パームグラフィックス豊田弘治さんの書き起こしによる表紙、街に広がるサーフなヒトモノコトを解きほぐしたという内容。あまり売れなかったけれど、この号きっかけで広がった輪や感じたことは、僕の生活を変えるに十分なものだった。 


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 午前6時、マンションから出た僕の前に、鼠色で鼠型で濡れ鼠の車が止まっていた。中にはむくつけき無骨男2人の姿。

 2年ぶりとなる今回のサーフィンは先般ふと思い立っての発願で、方々声をかけたけれど徳足りず甲斐も無く、随伴してくれたのは、結局7年前の特集時に初めて連れて行ってもらったカメラマンとデザイナー、2人の先輩だけなのだった。
 華なき車中にたまぎるなんたる屈託。波は上がれど重苦しく下がる灰色の雲。寡黙な3人を載せた車は、やっぱり濡れ鼠で伊勢路を急ぐ。

 山間部を抜ければ、雲間を抜け空気が一変。片道3時間半の道のり、残り1/3の合図だ。やがて追い越した雨雲が、怖い顔して迫ってくるのだろう。人生もそんなもんかしら、安濃のSAで寒さに縮こまったのを引っ張り出しながら考えていた。
 「SEX WAXあります」と手書きポップも勇ましいコンビニがあれば、もう目の前。朝飯を適当に買って、囓りながら海とご対面が作法だ。

 車から降りる。間もなく僕のcoeurのキャップが転がるのが見える。

 西の空から近づいてくる雨の気配のみならず、降り立った伊勢・国府の浜は激烈な風、極太の筆で白い油絵の具を乱暴に伸ばしたような海が見えた。
 吹けよ風、呼べよ屈託。しかも大きな肩〜頭サイズの波。板ごと潜って避ける“ドルフィン”ができない初心者にとって、このコンディションが意味するのは。“今日は修行”という事実である。「これは最悪ですわ」カメラマンのF氏が風でみるみる減るちびた煙草を見ながら呟いた。

 押し黙る白波三人男、そのあと車の周りをうろつきながら誰かが着替えるタイミングをなんとなく待っていた。


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 風が巻き上げた砂まじりの雨がことさらに痛い。やがてウエットスーツの表面は茶色の水玉に変えられてしまった。ぼんやり眺めていた引き波が描き続ける紋の縁が、少しずつ遠くなる。退潮するビーチの向こうで、波がひたすら食らいつく人を明滅させている。浜からわずか1メートルほどを飛ぶ1羽のかもめは、もう3分も同じ場所で滑空しているだろうか。
 伊勢の土と海水をたっぷりもらった僕は、波が割れるポイント“アウト”まで数回出たものの、渦巻くカレントと襲いかかる波に1時間ほど揉まれ、転がされ、士気をすっかりそがれてこのざま。

 来た以上、入らずに帰れないのが浅ましい都会人の業。いいことになるはずがない、そうわかっているのに。



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 どーしゃぶりぃの雨の中ぁ。敗残兵は唄いながら寒さに震えて着替えるのみ。1時間ほどして2人は帰ってきた。


 帰路、日本食堂百選があれば確実に入るであろう板橋食堂でめしをかきこんで、よだれ垂らしてひと眠りかませば、そこは夕景に燃える大阪の空。「次はワインとパンとチーズもっていきましょうよ」、眠い目を擦りながら運転していた2人が、しゃあないなあこいつは、と僕の寝癖を見ながら苦笑い。

 重たい身体をさすりながらも、不思議とまた海へ行きたくなっている。日本一になった途徹もなく大きなハルカスの下を、夕陽に光る赤い鼠が軽快に駆け抜ける。ダニー・ハサウェイのWhat's goin' onが掛かっている。これだから、もう。

 サーフィンは、いつも。







「菊地雄星似のSさん、本田多聞似のFさん、
ありがとうございました!」


all Text&Photo K.Fujimoto










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