2012年8月29日水曜日

ふじもせんとくんの休暇 最終回/藤本空也です。


 

「高級温泉街でも洗い流せないのは…時代」



 出雲大社を皮切りに強行軍で山陰の神々と民芸のちまたを巡ったJ-Boys取材から戻り、倉吉のスナック「Blue Live」のママの酔態を思い出しながら、疲れた身体でブログを更新しております。

 夏休みもいよいよ終わり。

 …でも僕は夏を諦めない。夏の終わりのハーモニーを、一緒にライドンタイムしようぜ! 少年時代の真夏の夜の夢なんて、砂に書いた名前を消す波のように、どこか行っちまうから! 



 ではラスト第八回。ちょっと長いですが“ゾーン”に入り、融解するふじもせんとくんの姿をどうぞ。




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「ドゥオーモ。もう著しくでかい」



(第七回の続き)
 
「イタリア人ってアイスコーヒー、飲まないんだよなあ…」
                     
 ふじもせんとくんが苦笑いでO女史に話しています。


 イタリアにはクレマカフェというものはあるのですが、甘くて左党には飲めたのんじゃなく、アイスコーヒーと思って買ったチルドカップがショコラフローズンだった、というのはもはやあるあるの域と言えます。

 小さな失敗もまた旅の下地。
 
 ジェイムズ・イハのカラフルな音を聞きながら清く正しいトスカーナの田園風景を眺めていたらすぐに忘れました。バカンス渋滞に合うこともなく、旅の大詰め・フィレンツェの地を定刻にバスは踏む。



 聖堂を中心に、河川・運河を堀のように捉えて街が構成されている、イタリアの典型といえる仕組みながらも、さすがメディチ家の総本山にしてルネサンスの中心地。聖堂そのものの豪奢さは当然として、物乞いや露店の数ひとつ、街行かば、これまで訪れた都市と格がまるで違うことが容易に知れました。


「でもこの暑さは聞いてないよう」


 coeurのキャップをクルリンパ。
 
 雨男は脱却したとはいえ、ふじもせんとくんも真っ赤な顔して炭酸水をガブ飲みです。






「大阪人ならその名はおなじみ。建物付き橋梁ポンテ・ベッキオ」



 メディチ家礼拝堂→サン・ロレンツォ教会→リッカルド宮殿→サンマルコ修道院→パッラーツィオ美術館が最後のお遍路コース。

 もう、ラファエロにミケランジェロ、フラアンジェリコにティッツァーノとハートのエースが目白押し。
 ウフッツィ美術館は時間がなく行けませんでしたが、行っていたらあまりのショックにダビデせんとくんになっていたでしょう。





「サンタ・マリア・ノヴェッラ。その志の高さよ」



 観光の一方で、買い物時間がほぼなかったこれまで、フィレンツェには藤本家一同期するものがありました。

 
 東洋の漢方と西洋のハーブ、自然の力を借りる療法としてともに気になるものですが、その意味でサンタ・マリア・ノヴェッラの本店は印象深いものでした。
 テーマごとに違いを出した部屋にはカウンターがあり、それぞれのスタッフが丁寧極まる接客をしてくれます。各部屋の購入アイテムは一括してレジ部屋で精算する仕組み。ふじもせんとくんも物量や思想部分でも素晴らしいものを感じたようです。


「アップデートはしているけど、そこに流行り廃りは関係ないんだ」





「名前の焼き印は、心に確かに押された」


「ロベルト・カヴァッリのカフェバール。
外食産業的なノリの日本とまるで違う普段遣いのカッコよさ」



 ドゥオーモ近くのレザー&シルバーの老舗[スクリプトリウム]では渋すぎる店の設えとサービスにぐっしょり。

 筆箱にすべく購入したカーフレザーのシガーケースに、ひとつずつ字を拾った焼きゴテで名前を印字してくれるのです。フォントや金・銀などの仕上げも巧みで、最後に包みの〆にロウを塗り封印まで押してくれました。


 母親に付いてブランドショップも回りましたが、本店ともなれば接客の実力が違う。誰もが知るフェンディやグッチの服がとても美しく見えました。
 土曜午後に休む店が多発、ファリエロ・サルティやボルサリーノに行けなかったのは大誤算でしたが、まあそれぐらいは仕方ないでしょう。


 夜にはガルガーニという各部屋の壁に現代アートが施され、エンタテインメント性と真っ直ぐにカッコいいベクトルが同居した、今旅最強のレストランに出合う、そしてその幸せ。
 この頃にはすっかり話もできるようになったアラ還のツアー仲間とワインをひたすら酌み交わし、一同酩酊、お初天神的な千鳥足をフィレンツェでも繰り出したのであります。





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 帰りの飛行機では、ジュゼッペという餓鬼がオムツ一丁で大暴れ、こうなりゃこちらもフンドシ固くしめこんで暴れ込んでやろうかと切歯扼腕、ひと悶着あったのですがもう、いい。

 
 既に一万字を超えている本稿・第八回は、帰りの飛行機で周りが眠る中、上からのスポットを浴び、こうしてひとり書いています。写真を眺め、O女史の相変わらず手書きの旅程のまとめを拾い読みしながら、ほとんど眠らずに。


 この旅は、イタリアの文物から知見を広げることがもちろん大前提です。収縮していく日本の姿を大阪の街から眺め続け、震災で「喪」の時代に突入したいま、SNSを通した繋がりや同好のコミュニティが広がる流れにあります。
 一方で、誰もが情報を発信するメディアとなり、言葉をイージーに扱う雰囲気も濃厚に横溢して。

 正直言うと、毀誉褒貶に満ちた言葉ばかり目について苛立っていました。

 そんな背景があり、ミーツの編集者としての10年を振り返り、不断に考えてきた街や情報から一度離れて身を置き、“現代の言葉の居たたずまい”を内面化する旅になれば、と思っていたのです。



 紀元前の旧い文物・建築物が多く残るイタリアは、ヴェスビオ噴火のほか大災害はさしてなく、連綿と当たり前に続くキリスト教~ローマ帝国の名品を見るほどに、常に自然による大災害でリセットされてきた日本のことが、今回の旅で、逆説的に強く感じられました。

 うまく言えませんが、日々生活する街の仕組みや考え方までキリスト教が通底する西欧に対して、自然災害とともにリセットを繰り返して思考様式を変え、また畏れ敬うべき自然の中に価値観を置いてきた日本。悲しみや弔いを乗り越えて、いわゆる伝統ばかりを重んじる姿ではなく、実は流動をいとわない。それが日本の強い、真の、ほんとうの姿に思えてならなくなってきたのです。

 なんだか、これからすべきことが見えてはこないでしょうか?





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 飛行機の運航距離は、実に8700キロ。ハバロフスクを一瞬で通過。

 朝日を求める窓際の人の手の隙間から、七色の光輪が手の甲に差し込む。もはやキャラクターとしてのふじもせんとくんは、書くほどに“私”と一体となり、言葉は視覚的に目に入る風景から、無尽蔵に、カラフルに湧いてくるようです。


 あぁ、やっぱり“私”には伝えたいことが、聞いてほしい話が、まだまだあるようです。






「あの…誰だっけ、六波羅蜜寺の空也さんみたいに伝えていけたら!」


 横にはオカンと祖母の口を開けて寝ほうけた姿。ふじもせんとくんもふざけて、口を開けて3人並んでシャッターを切ります。すでに日本の領空、旅は終わろうとしていました。疲れは多少あるけれど、今度の旅ほど、現実に戻るのが不思議と楽しく思われることがあったでしょうか!



 パソコンの蓋を閉じ、ふぬーんと伸び打つふじもせんとくん、いや藤本和剛の顔は、実に晴れ晴れと屈託のない様子。声に出せない思いが、言葉が口からかたちある姿で次々とあふれてきます。

 そんな空飛ぶ3人の空也上人を、飛行機は何も言わずにKIXへと運んでいくのでした。


all Photo & Text by K.Fujimoto






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