2012年3月21日水曜日

聖典にたずねること。円い甘さで。

Photo by Shungo Takeda






 まったく、長い暇をいただいたものです。



 「大阪マラソンで心身共に大気圏に突っ込んだ」「筆を折り高野山麓に庵を結んだ」「顔が濃すぎて鬱になった」など様々な憶測があったと聞きました。


 これまで月いっぺん程度の更新は成されてきた当ブログですが、書くことについて云々抜かす人間ほど、広げた風呂敷にたまげてたちまち堕して放置せしめるのは仕方ない、言ってみれば、古来書生気取りの人間に特集の疾病なわけで、ええ、更新しなかったからってボカアちっとも悪くないってこと(八重歯きらり)。

 でも、誰しもが記憶の場外に追い遣ったろうねづっちよりも、僕はイマこうして繰り返し襟を正しているのです。誰が読んでるか知ったことじゃないが、週に一度はこの板に何かを開陳しようと。そう、あたかも書くための充電期間であったと言わんがために!


*****



 ファランクスの押し合いみたいな寒さ暑さの逡巡があり、どうやら春一番も吹き終わったように見てとれます。じりじりと陽光の音が聞こえてきそうな、松屋町筋を挟んだ白い布団の群れ。

「一年、経った」

 そう室外機の風を避けながら呟いて、趣向もさまざまな、対面するマンションのベランダを眺めていました。ひとり唐草の風呂敷背たろうて松屋町にやって来、はや一年が経ったのです。

 季節をひとめぐりしても、生来の不器用から家事一般はまったくコント同然のまま。でも、少しだけ早く走れるようになったことを喜び、無心で取り組んだ料理はどことなく上達。どこかにしまって忘れていたハングリーな心持ちも、トントン(胸に拳固をおしあてて)、今ここにあります。貧乏暇なし生活が、それらを届けてくれたのです。


 気にはなるけど、これまでココロに囲っていた“手つかずの自然”から鉄条網を取り払っただけで、何だか道を示してくれる人が増えてきたり。


*****



 そんな僕の机に、昨日から中央公論社「日本の文学」の初版と思わしき本が3冊。

 油紙とケースに包まれ、中身に折り皺ひとつないことを見ると、きっと祖父母が母と叔母に買い与えたものの、うち捨てられていたのでしょう。ひとり暮らしの理由になった兄の結婚に伴う建て替え、取り壊しの折、祖父母の母屋70年の歴史を開くと、出番を待っていたかのようにその「日本の文学」一式は現れたのでした。

 それを聞いた僕は、たちまち「一式おくれ」と奏上。彼岸の仏壇拝礼のついでに、建て替えが済んだ実家より晴れて一部もってきたわけです。





 このブログもそうですが、日々スクロールで飛んでいく横組み文字に慣れた我々にとって、こうした「全集」の重厚な縦組み二段の迫力はなかなかのものです。高度経済成長期は、全集の箱買いがある意味一般家庭のステータスでしたが、もはや売っている本屋さんも本当に少なくなりました。



 なぜそんなブンガクなキブンかといえば、2つ理由があって。



 ひとつは、大雪に見舞われた1月の東京出張時、代官山[蔦屋書店]で10年ぶりに購入した川端康成「雪国」序盤にある
「石の多い川の音が、円い甘さで聞えて来るばかりだった。」
というフレーズにシビれたホレたーって新幹線でひとり脇をしめらせたこと。


 もうひとつは、graf服部さん、D&DEPARTMENTナガオカさんらと出させていただいた、[スタンダードブックストア]さんでのコミュニティについてのトークショーで、「そういやマルクスも読まずにコミュニティっつってワシら大丈夫かね」って痛切に感じたこと。



 実践を大事にしてきた人たちが街のメインストリームに躍り出ている10年代ですが、やっぱりそれらの広範な認知のためには言語化が必要で、言語化のためには文脈や歴史を知ることから逃れられません。それにしては、聖典を紐解くことが疎かにされすぎているように感じるのです。

 5月号でインタビューした「fashionista」水野大二郎さんの言葉を引用すると、そうして聖典にたずね、実践も尽くしたある人の言葉にされた試みというのは、10年、20年後にそれをもとにした新しいアイデアとして転生するのです。




 本当、アーカイヴがないために評価のしようもない、90年代・00年代の事象が多すぎる。そんな大いなる断絶が、安くて安心、でも安普請の“三安”、もっといえば“安易”なモノ選び、消費活動に陥らせているのかもしれません。



*****


 ファスト云々とは、一体何なのか。

 早速、これから安ワインでもあおりながら、手元の小林秀雄にたずねてみようと思うのです。





0 件のコメント:

コメントを投稿