2011年8月23日火曜日

街の匂い。







 空を見れば鱗雲、晩夏の気配の中、昨日免許更新のために地元へ戻っておりました。乗車した回数、一万を超えるでしょうか。運転手横の窓も全開に、阪堺電車の浄閑とした車内は心持ちよく、ディガウェルのトートバッグから本を取り出させます。


 運賃箱に200円を放り込み松虫駅で下車。明洋軒の中華そばの匂いを鼻腔に含ませながら阿倍野警察へ。


 免許更新係は童顔で小太りな40男。持参した証明写真を一瞥して曰く「もうちょいヒキでお願いしますよ。ほら。見て。ほら。また来てください」。このセンテンスを型枠をちらつかせながら数分繰り返し言い続けるものだから、「黙って聞いてりゃおう、何遍言ってけつかるコラとっちゃん坊や、ケツに火付けて飛ばしてこますどこのヒョウロク玉」といくらか騒擾してやろうかと思ったけれど、そこは大人しく近隣のコンビニで再撮影、800円払って撮影した渾身の著者近影は灰燼に帰したのでした。残り欲しい人、嫌でもあげます。

 無事視力検査も通過、事故ビデオ鑑賞の折、真横が汗だらけでセクシーな若奥様ならば溜飲も下がるというもの、「よっしゃマルヨシでランチとシャレ込むかい」と勇躍、天王寺へ繰り出したのであります。


 移転前のマルヨシの思い出は、何度も書いているのでもう書きません。阪堺電車を下車して地下道へ入れば真新しい道、マルヨシや明治屋が現在暖簾を掛けるあべのviaウォークへ続く。天王寺に不似合いなムービングウォークとぐりゅぐりゅ柄の床に酔いながら乙女パスタに感動、いやふじも盆休に絶望。人だらけのムービングウォーク横の側道をひとりとぼとぼと逆行、その後、学生時代に散々掻き込んだカツ丼屋のカウンターに連なる僕の姿があったわけですが、まったく天王寺で変わらないことといったらココのささくれだった安物の割箸ばかりで、かつてのホームタウン・天王寺にもはや僕の居場所はどこにも無いのでした。

 ミーツ誌上で、天王寺在住のホルモン専門記者・松本氏は言いました。

「昔の匂いも、思い出も残らない街になって欲しくない」。

 現実になってしまったら、杞憂という言葉はもう使えない。適当に腰掛けて少し微睡みながら、つぎはぎだらけの歩道橋と鱗雲に届きそうな近鉄の工事を見上げつつ、僕はぼんやりと中空を漂っていたのです。




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 受験戦争の最前線で銃剣ぶん回し、誰でも知ってる企業の戦士となり、ベイサイドのマンションの家具はミッドセンチュリーってな未来を描いていた自分が変わったのかなぁ。

 そんな優劣の証明とステータスへの近道のための教育を施されてきた僕らのために、見渡せば今や街はすっかり構造化されてる。
 ちょっと車を走らせればショッピングモールが鎮座ましまし、生活にまつわるすべてが事足りる。街の個人商店を塗りつぶしながら、コンビニとファストフードが濃厚な点線を街に引いているんだ。

 70年代から、“企業が売りたいものにコピーライターが名前を付け、記号化したものを消費する”、もっと言えば、記号化されたものを並べて方程式を作り、消費者はそこに目的と気分を代入するだけ、そういった仕方がショッピングの構造になってきたんだ。その極みがゼロ年代、作られた街の時間の流れに身を委ねるばかりの、何だか薄気味悪い匿名性の高い現実社会さ。ゼロ年代とかホニャララ年会って、なんかナンセンスだけどね。


 僕は経済学部に籍を置いていたから、周囲が大手銀行や不動産業界、生命保険会社に青田刈りされていく中、中学より育んでいたロックンロールスピリッツ、愛読していたミーツの“街的”という考え方、バイト先で出会った学歴に無縁な無頼な友人たちの存在も大きく、エルマガジン社の門を叩いたんだな。大学出てバイト。家族は皆がっかりしていたけれど。
 カメラマンにデザイナー、店の主人にファッションデザイナー、そこで出会う人たちはまさしく自分の時間で生きている人たち。自分のリズムを保つのに、かなりのストイシズムが必要なこの社会で、苦闘の程は痛いほど伝わってきたけれど、自然、僕もゴルフのスコアや株券にまるで興味のない人間に仕上がったさ。

 でも、顔をつきあわせ、学びあえる関係性みたいなものを大切にする人が増えて、とても嬉しい。

 この前の震災は、長らく続いてきた記号消費社会へのギャッラルホルン。情報量が勝負を分けるような怖い時代になったけれど、この30代、節制を自らに課しながら、知的高揚をできるだけ多く迎えられるように自分のリズムを刻めればいいなぁ。



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 ガサッ。

 トートバッグから本がこぼれ落ちました。どうも、上記のようなことを、真新しい植え込みのへりでうとうと考えていたようです。



 目を擦りながら、新宿ごちそうビルを通り、母校である小学校へと歩いてみることにしました。夏休みのプールを終えた小さな後輩たちが、角帽も凛々しく楽しそうに横を駆け抜けていきます。

 大きな有料自転車置き場とバスターミナルを抜け、汗を拭き拭きキリンレモンを歩き飲みしていたなら、ひとりの少年がしゃがみ込んで地面を力なく這う蝉をじっと見つめているのに気付きます。


「植え込みに返したげ」
「うんお兄ちゃん。この蝉、しんどいんやろなぁ」
「やりたいことやった一生、俺には満足げに見えるけどなぁ」
「そうかぁ」


 少年は蝉を優しくてのひらに乗せて、思い出したように振り返り爽やかな笑顔、陽炎にかすむ鉄道病院の植え込みへと走って行きました。




 彼が残していったプールの塩素の香り、それは紛れもなく僕の大切なホームタウン、天王寺の街の昔の匂いに思われたのでした。

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