2010年10月24日日曜日

「『運』といふもの」第一回


前回のエントリーの通り、今回より私の祖父の手記
「『運』といふもの」を4回(たぶん)に渡って転載します。
なにぶん読みづらさはあるかと思いますが、
時間があるときにお楽しみください。



第一回
***************************************************

 「間違てうても福知山の三中隊に入ったらあかんぞ、それこそどんな目に遭はされるかわからんからな」と言うのは、三ヶ月間の幹部候補生の集合教育で信太山演演習廠舎に於いて、吾々をしぼってくれた鬼軍曹が自分のことを棚に上げて、甲種幹部候補生に僥倖にも合格し、福知山に出来た予備士官学校に愈々入隊することが決まったときのはなむけの言葉であったが、自分は今、現実にこの鬼中隊で明け方の最後の不寝番をさされているのである。


 福知山と言う処は、所謂「丹波の山奥」の小さな盆地にある町で、昔から京都、大阪から山陰に通ずる中継地として栄えた町なのだろうが気候も悪く、山間の痩せた土地では特に産物とてもなく、人情も薄い処で、どうしてこの様な処に部隊を駐屯させていたのかと思ったが、昔から福知山の四十聯隊と云へば泣く子も黙るとか武勲赫赫たる聯隊であったらしいが、軍隊と云うものは大阪の様に、飲む、打つ、買う、が安直に出来る処では士気が堕落して質実剛健な兵隊が育たないからこう云う処に部隊を置いたのだろうと勝手に解釈していた。


 石廊下から「あと十分すれば起床ラッパやな」と思い乍ら営庭を見れば此の地特有の霧雨だ。この雨が一夜にして銃も剣も靴もカビだらけにして了う。
「この雨ならどうせ又、大鼓原へ戦斗訓練で一日しぼられるんか」。
 霧雨で向ひの歩兵砲中隊が殆ど煙って見えない。歩兵砲中隊と云えば可哀そうに先日、放馬して俺と同じ様な奴が馬の首筋にしがみついていたが、馬に百米程も引きづり廻されてその揚句の果、馬だけが営門の方へ走って行ったが、あの候補生もどんな処分をされたやろ。

 石廊下から引き返して班内に入ると、戦友は昨晩の南京虫との激斗の疲れで、あと数分後の起床ラッパを前にして、誰一人として目を覚ましているものもいない。安らかな寝息をたたえているが然しここの南京虫の凄さは吾々の想像を絶したものである。
 二、三匹チョロチョロと来て噛むのかと思っていたらザァーとそれこそ音を立てて電撃的に襲来、忽ち吾々の頭はコブだらけ、その痒さも信太山で良く厄介になった観音さん(虱)の女性的なのに比して頗る男性的だ。夜中に藁布団を引っくり返すとそれこそ無数の南京虫が隊列を組んでやって来る。自分丈に来るのかと思ったら両脇の戦友も同じ様に襲撃を受けてバタバタを枕を裏返したり、毛布をまくったり、睡眠不足に輪をかける。その叩きコロした時の臭さ!

 起床ラッパが鳴る。起床!起床!と連呼し乍ら各班を廻る。戦友はバッタの如く起き上がって点呼前の整列だ。洗面して裏山の護国神社の石段を一気に駆け上がり参拝し、先を競って整列しなければならない。霧雨が煙ってしっとりと軍服を被う。心の中でどうにか本日は演習のない様にと祈る。演習がなくて廊下の匍匐や板の間の正座もとても苦しくて何ともかなわないが…。点呼が済み、朝食が始まるころからは時代に雨足が繁くなって来た。


 やがて期待通り週番が本日の擲弾筒の援護射撃に依る戦斗訓練は中止で、午前中は学科とふれ廻って来た。その前に一時間各自、自習室で自習して居れと、鬼中隊と云えど自習程気楽なものはない。時々区隊長連が見廻りに来るが、学科試験に備えて適当にペラペラと本をめくっていれば良いから各自思い思いの試験準備にかかるが、自分は昨夜書き残した家への手紙の続きでも書いてやれと思っていたら、自習室廊下に連なった奥の区隊長室の様子が変だ。
 三区隊のO中尉の特集の鼻のつまった様な罵声が聞こえて来る。O中尉はこの鬼中隊でもまだ一番程度の良いインテリ臭いどこかロマンチックな所のある士官であって、野外演習中でも広い演習場のことだから、時々鬼中隊長の目を盗んでは候補生を三十〜四十分くらい演習の合間を見て木陰で昼寝をさせてくれる様な粋なことがあったらしいが、一度中隊長の不意の視察に見つかって、彼が候補生の面前で猛烈なビンタを喰ったということだ。


 文の途中だが、鬼中隊のいわれを簡単に説明しなければならない。
中隊長のT大尉以下約百八十名、T大尉はこの教育隊の第3中隊長で、その下は三区隊に分かれ、区隊長はそれぞれ一区隊長A中尉、二区隊長H中尉、三区隊長O中尉で、その補佐としてそれぞれ一名ずつの少尉と曹長二名が配属され、吾々のその時の階級は伍長であった。
 中隊長T大尉は歴戦の職業軍人で特に北支の保定の会戦で敵の迫撃砲に左顔面の頬の肉が口に及ぶまでもぎ取られ、目がつり上がってその怪異な風貌はとても筆舌に尽くし難く、始めのうちは、ひと目見るだけでも心臓に悪いと思ったのは自分だけではあるまい。
 
 そのために俺はモテヌ、と世をスネたのか全くの軍人精神のかたまりで、訓練は他中隊の倍以上、内務の厳しさは三倍と云はれる位それこそ身体の中から水もアブラも抜けきるくらい吾々をしぼるのだった。


 自分は二区隊に属し、H中尉が区隊長であったが中隊長の機嫌ばかり取って朝から晩まで仇名通りクラクションの様にわめき散らし、そのくせ中隊長の気に入りではなさそうであった。それは彼の営外の私生活にあたらしいが、一日の勤務が済んで将校は週番以外は営外居住だから、彼は下宿へ帰って着流しで狭い福知山の町をチョロチョロするらしく、それがT大尉の気に入らぬ処なのだろう。

 前述のO中尉はその中でも話の判った方だったが、時々、思いもよらぬ陰険なところがあったのだ。それは、今週の週番士官が彼であったので、昨晩の消灯後の巡察中に、自分の受け持ちの三区隊の候補生全員の私物検査を皆の就寝中に行い、服の物入れ(ポケット)を隅から隅まで調べたらしい。そうするとM候補生の物入れの中から懐紙にいとも鮮やかに印された奥さんのキスマークがきれいにたたんでしまってあったのだ。

 今であれば取るに足らぬことであろうが、当時の教育隊では全く驚天動地のことであった。

****************************************************
第一回、了
※基本的には原文ママです。




Photo by 次男

0 件のコメント:

コメントを投稿