2010年10月21日木曜日

「運といふもの」前書き

 今、目の前に一冊のコピーを綴じた小冊子があります。


 以前ブログに書いたこともあるのですが、
私には大変敬愛する祖父がおります。

 戦後道修町で丁稚になり、製薬会社を興したかと思えば、
飲む打つ買うという男の武芸百般を見事に修め、
その愛嬌あふれるお茶の水博士にも似たルックスで
北新地のママ連中にも大変人気があり、
高度経済成長の典型的ワンマン社長というか、
ボルサリーノのハットを愛する粋な昭和の男だったわけです。

 5年前の1月に残念ながらこの世を去ったワケですが、
出棺時、居並ぶ北新地のベテラン大ママたちが、
泣きながら、叫びながら、「最後に触るのアタシ」と
争いながら手を伸ばす壮絶なありさまは、
涙ながらに棺桶を手にする私を、
本当の大人にする最後の後押しとなりました。

 また、祖父が連れて行ってくれた
街場の店たちは現在すっかり老舗の趣で、
店から、祖父から学んだ遊び様は、
私がMeetsに携わる上でも軸足として
揺るぎないものになっています。


 実家建て替えと、ひとり暮らしの準備を進めている折、
自室を整理していると出てきた日焼けして黄色くなったそれは、
私の受験勉強のココロの支えとなったばかりではなく、
何よりそのトリッキーな文体がまんま遺伝しており、
自分自身の「いまとむかし」を繫ぐ欠かせないものです。


 前書き(原文ママ)には
「まだ四十二、三歳であった私は、
昼は社業、夜はお得意先とか、業者とのお付合、
また深夜に至るまでの遊びと、
わが身の健康等に頓着なく働き、遊び、飲酒して帰っては、
この原稿を戦時のことを思い出しては書き連ね、
確か一週間ほどの間でまとめたものがこの手記であります」
とあります。


この祖父の手記「『運』といふもの」を、
何度かにわけて掲載しようとこの度思うわけです。

これはとりもなおさず、三十路に突入、会社の変転を受け、
自分の軸足を再確認するためのルーツを探る旅であります。


5回ぐらいで終わるかな?




0 件のコメント:

コメントを投稿