2009年10月5日月曜日

ダイナマイト四国。 パート1




孤独な旅人、いずれ僕らそんなものだろう。

ヤクザ一家同然のふてぶてイタリア旅行に続いて、
取材、ロケハン、ネタ集めを兼ねて南へ。高知へ。


行きしなは当然のように眠りこけて首を痛めたものの、
カメラマンの俊吾にいちゃん夫妻(細君が高知出身なのです)に
胸いっぱい、腹いっぱい歓待いただくことになった。


午後三時。
なぜか100種のコーヒーが揃う喫茶店[ポエム]で打ち合わせを終え、
広末も生まれた帯屋町商店街の[菊寿し]を、
細君のコーディネイトのもと取材スタート。

男前としか言いようがない2代目の親父さんの仕事や哲学に陶酔。
ゴマサバ一匹姿寿しや土佐巻き(先代の開発である)、
カツオのタタキを山盛り頂く。
持ち帰りがあれば定食も当然ある。週刊誌や新聞もある。
「好きなものから言ってくれて結構」とひとつから注文も可能。
クルクルしない、スタッフの喋りが立つ。
かつてはどこの街にもあった商店街の寿司店。
運動会の一等賞に、ピアノコンクールの受賞に、
そしてたまの家族の外食に。
そんな地元の方にとって、ハレの日にはごちそうを提供し、
老練な街のベテランには昼酒処として使われてきたであろう
街にとっての「かけがえのなさ」がこの店には生きている。

メイン写真を人通りの多い商店街にスックと立つ父上に決めた。
竹田さんが珍しく緊張して大汗をかいていた。


午後5時半
ホテルにチェックインした後、どこへ行くかと議論。
10月3日とくれば我らJ-Boyの行き先は決まっている。
桂浜で仲秋の名月観賞なんである。
酒王・土佐鶴のネオンを横目に、チンチン電車と並走しながら。
ライトアップされた龍馬を見て、
紋付きにブーツの龍馬スタイルで式を挙げた竹田さんの顔が綻ぶ。
パッカーン丸い月が、暗い海が荒れていることを教えてくれた。
アイスクリンを食い、琴や暴れ太鼓を篝火の明かりで鑑賞、
桂浜音頭に踊り狂う連も現れた土佐ロックフェス。
いずれ街を出ていくであろう子供たちは、
もうしょうもない月じゃ満足できないんだろうな。
なぜかC&Aのモーニングムーンを歌いながら街へ戻る。


午後8時
はりまや橋でそんなにがっかりしなかった後、
元ミーツのN嬢やH嬢に聞いていた焼鳥店[せい和]で、
細君を待ちながらルービーをミーノー。
カルーセルなママのもと4人のオバ連が働く、
女性が勤勉な高知らしさ満点の店。
乱れ貼りされたメニューを見ながら土佐焼き(皮の味噌焼き)、
達珍(ミノ、タン、レバー、ニラの味噌焼き)、
手羽餃子(皮溶ける…)、生レバー(ウズラ卵入り!)。
オバちゃんにべっぴんだの年齢だの冷やかしながら再訪を約束。


午後9時
3人でタクシーに乗り込んで居酒屋[あおき]。
着くやいなやオカンのトーク爆発な機銃掃射店。
ひとり3品、計9品違えて出てきた
突き出しからしてすでに一線級。
カツオのハランボはなかったものの、
塩タタキやタコの刺身絶品。
はちきん焼き(山芋のタマネギ焼き的な)に唸る。
最後はシメに栗ごはんと日替わりのサービス味噌汁。
素材はすべて顔の見える農家から買い、米も合鴨農法の新米。
お兄ちゃんと出っ張った腹をぶつけ合いながらすり足状態で、
気付けば藤本の容貌がこのあたりからぽっちゃり系に変化。


午後10時半
雑居ビル居並ぶ繁華街をげっぷしながら練り歩く。
あまり酒を飲まない小さな細君が、
にこにこと力士2人の御前立ちになってくれる。
カクテルバーらしき女性バーテンのバーで一服(店名失念)。
その後マグロ餃子目がけて[大吉]に行くも間一髪で閉店。


午後12時
フラフラと雑居ビルの扉を開けると、一面スカルの海。
テーブルに案内されると巨大なKISSがこんにちは。
周りにはあら、
ロブ・ゾンビーさん、スレイヤーさん、ブラックサバスさん。
テレビからはパンテラさんのモスクワライブである。
51歳ラグランスリーブのママからは
「ファッキンビアー!」がサーブ、3人鞭打ちに。
「マキシマムザホルモンの30年前からしてた」
あのポーズで見送ってもらう。
クリームからリンプまで。関西にもないメタルバー[ぽおる]。
あぁぽおる。ぽおる。
やっぱりKISSのポール・スタンレーなのだろうか。
このあたりで藤本の声がデブ声になり始める。


午後1時
界隈きっての人気店というカウンター料理バー[けむり]へ。
設え、店主の目線、ワイン等センスはいずれも一等なれど、
時は丑三つ。時間が経つほどに酒飲み妖怪の巣窟へ模様替え。
限界を感じて3人で早々に辞去。


***臨時ニュースです***
帯屋町[ホテルリッチモンド]708で腹がでっぷりした
せんとくん(29)と思われる変死体が発見されました。
多量のアルコールと飲食物が検出されておりますが、
顔は穏やかな笑顔であったということで、
事件性はないと判断された模様です。

時世の句でしょうか。
遺書がわりに一句がペイカードの裏に残されていたとのこと。


黒潮や
しじまに浮かぶ
土佐の月

ふじ丸です








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